孤トば

log [ コラム ] — s_o @ 03. 3月, 2004

台湾のアーティスト Lee Tzu hsunと打ち合わせ。

ヴィエンナーレにも招待された彼は恐縮するくらい親切で、
いっつも自分のアトリエで食事を振る舞ってくれる。

今回は、新作品の音の制作依頼。

熱っぽく作品について語る彼からは、
「ほかのもの」の匂いがしない。

話題が白熱するにつれ、
特有の訛りをもつドイツ語はいっそう
聞き取りづらくなる。

— 今のん、わからんよ。

すると、カミにスラスラっと漢字を書いた。

「可能性」

日本でいうところのそれと、意味がかっちり
アイデンティファイできるんかどうかしらんけど、
とにかくその言葉の意味が頭の中に染み込んできて、
その後いろんな話題に名前をつけてしまいそうになった。

人と共有するのって、奇跡だ。

勘違いと勘違いが
たまたまおんなじとこにおった、という奇跡。

 『もっとも言葉とは、コミュニケイションの機能を失えば
  すでに言葉でないにもかかわらず、
  じつはいかなる言葉も、
  孤絶したその人間ひとりのものなのだ。』

  - 大江健三郎 「壊れものとしての人間」

言葉という、基本的な矛盾。

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