孤トば
台湾のアーティスト Lee Tzu hsunと打ち合わせ。
ヴィエンナーレにも招待された彼は恐縮するくらい親切で、
いっつも自分のアトリエで食事を振る舞ってくれる。
今回は、新作品の音の制作依頼。
熱っぽく作品について語る彼からは、
「ほかのもの」の匂いがしない。
話題が白熱するにつれ、
特有の訛りをもつドイツ語はいっそう
聞き取りづらくなる。
— 今のん、わからんよ。
すると、カミにスラスラっと漢字を書いた。
「可能性」
日本でいうところのそれと、意味がかっちり
アイデンティファイできるんかどうかしらんけど、
とにかくその言葉の意味が頭の中に
染み込んできて、その後いろんな話題に
名前をつけてしまいそうになった。
人と共有するのって、奇跡だ。
勘違いと勘違いが
たまたまおんなじとこにおった、という奇跡。
『もっとも言葉とは、コミュニケイションの機能を失えば
すでに言葉でないにもかかわらず、
じつはいかなる言葉も、
孤絶したその人間ひとりのものなのだ。』
- 大江健三郎 「壊れものとしての人間」
言葉という、基本的な矛盾。



