たんぽポ

log [ コラム ] — s_o @ 04. 5月, 2004

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そもそも苦しいのって、ヒトビトがオノレ自身に与える名前な気がする。

自分らしさ、とか考えてる暇があったら、
果てしなく無意味なよそ見をいつまでもしてたい。

答えがもしあるのであれば、
その答えを求めることだけはしたくない。

マイ定規を打っ立てて安心してる場合やない。

自我を正確にハカッたとこで、伸びてなんかない。

選挙カーのおばちゃんが拡声器ごしに届けた
『ぼくぅ、ありがとねっっ』。
振りまいた営業スマイルに救いを確信して
トなり町まで自転車で追い掛けたアの日と、

自転車に乗りミニスカートの裾を風になびかせる女の子のパンてぃ追って
異国の路地で迷子になる現在、

知らない場所で感じた気持ちも、見える景色も
なにひとつ変わらない。

もしここに自分の意識なんてものが存在するんなら、
それはアスファルトに着地したタンポポの綿毛みたく
意義も価値も目的も理由も無い、暗澹とした無名の闇なのだと思う。

自分自身である、ということと
この世界が在る、ということには
イッペンの拘わりもなく、
そしてそのどちらも、あまり重要なことじゃない。

つまんで拾い上げた綿毛を、街路樹の土の上に置くと
風が巻き上げて、通りを行き交う車の波に翻弄された。

それはいつかきっと、
選挙カーを下りて家路につくおばちゃんの赤いハイヒールに
世界の影を映すのだった。

終わりも、始まりもない。

おばちゃんの買った3個100円のコロッケと一緒に
デタラメで遠い記憶になって世界を支配しつづける。

昨日食ったものを思い出すついでに、
世界がもうずっと昔に葬った名前を思い出そうとする。

ほんとに努力と呼ばれるべきものは、きっと努力になりえない。

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