ノイロ句
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http://www.sub-tle.com/log_s/ から
こちらへログを移設しました。
移設にあたって、過去ログにリンクしていた画像も埋め込みました。
画像のリンクがなかったとこには、
ログ書いた当時そこにあった(見てた)景色思い出して
CDRひっぱりだしひたすらばちばち添付していきました。
終わって読み返してみると、
なんじゃこりゃ。
家帰ったら、叶姉妹が逆ギレしてるくらい違和感。
やので再び画像をバッコんバっこん消しました。
まだ残ってるのもあるので、違和感マニアな方はどうぞ。
ちゃう。違和感わしだけ。
そこにあった世界、見てた景色、
既に、もっそ別もんでした。
この脳みそ。
30前にして、ぼけたか。
網膜の嘘。
写真もだけど、テープに録音された音だってそう。
それはここにあったんだって言う。
よう考えたら、めっさ暴力的。
たしかにいかりや長介は、
午後8時すぎには必ず志村に理不尽な叱責を繰り返していた。
でもビデオやら録音録画媒体で今彼らを見たら、
それだって同じように
『この世界に本当に存在していた過去』とは別もんだ。
それが実際にはなかったのだとは言わないけれど、
あったゆうて証明できないからソレが嘘なのだとは言わないけれど、
アンジェリーナ・ジョリーと大屋 政子くらい、それは別もんだ。
『ぎゃーっ志村、う、し、ろーっっ!あーーーっ』のあの昂り。
志村がオバケにやられたら、
来週どうやって休日前のハイパーテンションを持て余せばいいのか。
切実で自分本位で奢りたかぶっていて
宇宙なんて時間(おもに月曜日)なんて
まったくもってどうでもいい
世界から切り離されたその影みたいなところだけが、
記憶のなかで唯一
「ああ、それそれ。それがそう。」な所だと思う。
知覚したことや感じたものだけがどうだとか言ってるのではなくて、
時間で記憶が薄れて形が変わる、とかそういうのもどうでもいい。
薄れようが薄れまいが、そんなものにあるべき(あったべき?)形なんてない。
「時間」だって、とっても便宜的だ。
説明しやすく、ニンゲンフレンドリーな自己解答だ。
事実って言葉の意味、ようわからない。
論理学での考察によると『この世界は5分前にできた』を否定すること、
ニンゲンには不可能らしい。
そんなことあんまり重要じゃないのかもしれない。
忘れたあかんことなんて何一つないし、
忘れていいことなんて何一つないんかもしれない。
われ思う、ゆえにわれ挙動不審。
ではログ、行きます。
行きます。ゆうてこの過去アーカイブ、、、。
去年3月の13件以来、2桁あれへんがな、、。
小学生の絵日記(7月21-23日くらいだけめっちゃ豪華)か。



