「先生あんな。」
日本でムカシ、家庭教師をしてた。
かけ算の4の段が大ッキラいな男の子だった。
その子はいっつも、なんやかやと話をみつけては
どうでもいい話をふってきた。
ドリルなんて、まっぴらだったのだ。
そしてそれは、近年まれに見る素敵なひとときだった。
「打ち上げ花火あるやろ。」
ん?
「あの、デッカイほうのやつやで。」
ああ今度、河川敷でやるよなぁ。
「あの打ち上げ花火、ぜんぶウンコやったらどうする?」
心の場外ホームランをかっ飛ばした彼のその台詞が、
今でも引き潮で打ちあげげられたクラゲみたく
ぺっちゃりと居座ってる。
30まえなのに、「うんこ」と聞くと
心ときめく。
ここからさき、一方的な文章を読むのが苦手な方は
控えてください。
現存人類何十億か分の1の物言いです。
ただ、この狭い了見の中以外で
このわやな判断保留の積み重ねの外側で
理想や現実をタカラかに謳うのを避けてみたいのでした。
芸術、きらいです。
いっぱい色んなヒトに反論されるけど。
そして自分も考え足りてないけど。
それでも声に出したいくらいキラい。
どんなインスタレーションより
どんなヴィジュアルアートより
夕陽はあかく、
どんなセオリーや思想やコンセプトや哲学より
自身のありきたりな死のほうがインパクトある。
近所のおばちゃんのウッカリ暴走に掻き消される芸術。
模倣が模倣にもなれないものが完全であるのが いや。
不完全や過程を盾にするのも、や。
んで、どちらかといえば
うんこを支持します。
かけ算ヤだっていう真実と、
それが生み出した素晴らしいキセキに。
必然を越えて。
相手を思いやる優しさとは、ベツものです。
一本の線が美しく見えるか見えへんかなんて、
それが芸術とかどうとか関係あれへん。
子供が書いた絵、イノセンスでサイコウ!とか
なんのこっちゃようわからん。
デザイナーをあざ笑う芸術家、
芸術家をバカにするデザイナー、
サラリーマンを哀れむヒッピー、
ホームレスに同情するサラリーマン。
たかくうちあがれ。
うんこうんこ。
Ringo 5-ko Misete-kudasai.
(リンゴ5コみせてください)
グラフィックデザイナーで
ソロライブの映像を作ってくれたユリアが、
最近、日本語を習いに行ってるらしい。
なんかしゃべってよ、ッて言ったら、
彼女は満を持して上のセンテンス。
なんかすっごい回り道してるような気がするけど。
あるいは
人生って回り道なことを 教えてくれてる学校なのだろうか。
さすがドイツ人。
Saikin-sa , kika-nakutemo kaeru-yo , Ringo.
クマになる夢をみた。
ハチミツどこ? ゆうてました。
何がショックって
深層心理レベルで クマといえばハチミツという、
その短絡的かつ暴力じみた発想に。
心のどこかで、
山奥でクマに襲われたとき
そのクマにプーさんみたく情状の余地ありと
認識するのであろうと思われます。
そしてサクッと食われて、
「あれ」とか「あそっか」とか思うのでしょう。
もっと、こう
クマといえば シャケです。
ザバっと、ワイルドに。
ツボに手つっこんで、抜けなくなってる場合じゃありません。
台湾のアーティスト Lee Tzu hsunと打ち合わせ。
ヴィエンナーレにも招待された彼は恐縮するくらい親切で、
いっつも自分のアトリエで食事を振る舞ってくれる。
今回は、新作品の音の制作依頼。
熱っぽく作品について語る彼からは、
「ほかのもの」の匂いがしない。
話題が白熱するにつれ、
特有の訛りをもつドイツ語はいっそう
聞き取りづらくなる。
— 今のん、わからんよ。
すると、カミにスラスラっと漢字を書いた。
「可能性」
日本でいうところのそれと、意味がかっちり
アイデンティファイできるんかどうかしらんけど、
とにかくその言葉の意味が頭の中に
染み込んできて、その後いろんな話題に
名前をつけてしまいそうになった。
人と共有するのって、奇跡だ。
勘違いと勘違いが
たまたまおんなじとこにおった、という奇跡。
『もっとも言葉とは、コミュニケイションの機能を失えば
すでに言葉でないにもかかわらず、
じつはいかなる言葉も、
孤絶したその人間ひとりのものなのだ。』
- 大江健三郎 「壊れものとしての人間」
言葉という、基本的な矛盾。
ドイツの冬は
幾重にも折り重なった夜みたいに分厚い雲が空を覆っていて、
病む人々が多発する。
で、医者は日焼けサロンの処方箋を出す。
日サロでええんや。人間の体て、コンフォータブル。
島尾敏雄いうところの「うそさむい」ではなくて、
ドイツのは、なんていうか。
「ほんとさむい」。 そのままや。
脳みその裏側(眼球の奥あたり)にチっちゃいおっさんが
住んでいて、
「さむい?さむい?」とウカがい語りかけてくるのに、
「うん」「うんさむい」と
いちいち返事をしなきゃならない種類の寒さ。
ちっちゃいおっさんは、いっつも投げっぱなしで
こっちの答えなんか、とくに興味もないのだ。
街は今日もあたたかく肥えている。
こっちの答えなんか、とくに興味もない。
質問にも、あんまり意味はない。
ハンドパワーみたく
手のひらをオかしな形に組み合わせたドイツ人が、
電車の中で話しかけてきた。
「Entschuldigen Sie , bitte. (あのさ) 」
ん?なに?
「Sind Sie Japanisch??」
(きみら 日本人??)
うん。
「Wissen Sie ein Insekt ? wie so…. nur in JAPAN .」
(虫しらん? こんくらいの、、、、
日本にしか おれへんやつ。)
虫て。
「Es heisst “BUSHI-DO”」
(ブシド いうやつやねんけど)
ブシド?? なにそれ、しらん。
カズさん、しってます?
ですよね、そんなん知りませんよね。
「Echt!? (うそっ)」
【おまえらホンマ日本人?
モグリちゃうのん?ていう顔】
それから彼は突然、
なんかジェスチャーまじえた白熱の演技で説明を始めた。
めんドくさいので、以下 ドイツ人 大阪弁表記。
「ここにこう、(と下腹部を指さす)
人の体に 巣くうやつやん。
知っと-やろ?」
!!人の体て。寄生虫なん?
「そうそう、昔からいるらしやん、日本には。
こう、人の腹の中でスんごい暴れる。
昔の日本人、そいつが暴れ出して耐えきれなくなって
だから”ハラキリとかやったんだろ?
ミシマとか、、、。」
、、、、、。
ブシドて、、。それ、、もしかして武士道?
それさ、虫やなくて、日本人のスピリットのことやで。
「!!! ん?? いや、おれ友達に聞いとるんや!?」
それきっと、メタファーや。 喩え。
「メ?? メタファ??
なんやチョウまってくれ、手に書いとくわ、
もっかい言って!
なんか今日、誰かオレにおんなじ事 言うとったぞ!?
メ、、タ、、フ、、ァ、、、。で、どういう意味?」
たとえ。 わかりよく日本人の心を 説明したんちゃうかな。
「がっ!
わしもう降りなあかんやん電車。
DANKE !!! (おおきにノ)
メ、、、、タ、、、、フ、、ァ と。」
、、、、、。
ほんとうに 友達は、「虫」って言ったんだろうか。
虫好きがこうじて虫を名乗った手塚治虫になぞるには、
彼はあまりにも アワてんぼうなので、
代わりに日本と虫をこよなく愛す彼には
ボブ(虫) で。
ボブ、おれらも、虫、飼ってるデ、腹の中に。
だいぶんウスまってるけど。
水やりすぎて、ふやけて へにゃへにゃ やけど。
でもまだ たぶん、生きてる。
たぶん。