moscow flag_

log [ コラム ] — s_o @ 13. 9月, 2006

29th. Aug. 2006
moscow_st
 
ロシア・モスクワへ。

ウ゛ィザ取るのにも一悶着なその国の現在(いま)を知るにつけ、
「酔っぱらった次の日の朝におねえちゃんが裸で横に寝ててもプラス思考」な脳みそだって
にわかに歯が立たない絶望。

ああ、まだ生きて○○したかったな、死ぬなら○○しときゃよかったよ。
の○○に該当するものが特に思い当たらなかったので、何に絶望してるのかよくわからない。
検閲済みのじじいのように平和ぼけた自我にがっかり。

早朝、空港へ向かうTAXIに乗り込む。

『8月なのに13℃だ。いや12.5℃だ。おい、見てみろこれ。』

ドライバーは朝っぱらからハイテンションにモニターを指差し息巻き、短すぎる夏を糾弾。
うわの空で相槌を打ち、フロントガラスに映り込む大嫌いだったドイツの曇り空を見上げる。
雲間からの唐突な太陽と青空、目に眩しい。

ドイツ。

悪くはなかった、とうなづく。
欠伸(あくび)でる。

「短かったね夏。でもおれ今からモスクワよ。それもどうよ。」

『うっわ最低。』

別れ際、彼はラジオのリズムに乗って
プーチンプーチン〜プ〜チーンと口ずさみながらスーツケースをおろすのを手伝ってくれる。
杜撰(ずさん)な餞(はなむけ)ソングに舌打ちしてチップ。

チェックインなんてフライト1時間前でいいだろ、というこちらからの提案に

『いや、絶対2時間前です。モスクワ行きですよ。なにかあったらどうするんですか。』

と断固譲らなかった同行のYは、きっちり1時間遅刻してやってくる。
さしもな過失をフォローするかの如く、飛行機は3時間遅れる。

さよならドイツ。
さよなら色々。

30th.Aug.2006 – 3rd.Sep.2006
moscow_air
 
そもそも人間が二足歩行を始めた頃から備わっていた機能は
当初想定されてたけどあんま使わん部分を削ったり、必要になって後から追加されたりして
時代やら環境やら何やらにチューンされている。

日本で生まれて今はドイツにいてるこの体が
今まで全く使てなかった人機能に、ここロシアでは終止ONランプが点灯している。

埃をかぶってくすんだその淡い緑色は、心に遠い。
その薄ぼんやりした目映さに眩んでいたけれど、
そういえば元気よく点灯していた今迄の人間機能は
人知れずスイッチ切られてることに気がつく。

もう蓋が閉まってしまったそれはきっと西の旗だった。

名前があるかぎり、名前をつけられるなにものかが対象としてそこに形成すかぎり

それはとても脆くて、儚い。

:::
 
ときに旧共産圏の官や警察は迫力が違う。
あちらこちらでメタルチェック。

『生きてる』んではなくて、
それを許してくれるものが、
あるいは”此処”の”対極”についてなんとなく忘れてくれてるもんがいるから
『生かされてる』だけだった。

スイッチ押せるやつが、気まぐれでもなんでもただスイッチ押さへんからここにいる。

スターリンゴシック建築のうち、モスクワの7棟「セブンシスターズ」の一つ
МГУ(エム・ゲー・ウー/モスクワ大学)の荘厳さ。
(部屋が45,000室あって全部廻ると145キロ歩かなならんらしい。)

車の汚い窓越しに見たその白さ巨大さはとても美しくて
なんや見えへん壁に トン、て閉ざされた気がした。

『自分自身』は いつもすこし滲(にじ)んで、
縫い付けた袖から溢れた世界は またありふれた。

4th.Sep.2006
moscow_tx

ドイツ帰国。
昂らず、覚悟せず、知らない人の車に乗ることのできる国に帰ってきた。

煙草を一服して横になると、次に目を開けたのが20時間後だった。

曇った朝に窓をあけると
忘れることに躊躇いも衒いもない9月の風、肌に冷たい。

なに。
もう秋かよ。
夏、みじか。

(c) 2019 sub-tle.