ハカニ

log [ コラム ] — s_o @ 09. March, 2004

このログは日付けおかしいです。
のーみそとろけぎみ。
この世界でながれてる時間は、
この世界にいてるもんだけぶん、あります。
ん?あれ?関係ないか。
ただ、日付けきっちり書いてると
突然思い出したオモロイこと忘れてまうので
もったいないん。
貧乏性。しかも貧乏。
去年の、夏。
27歳のドイツ人の女の子とその30歳の彼氏と、
どっかからの帰り、3人でお墓を歩いてた。
お墓、っていっても日本のそれみたく
日陰にひっそりって感じではなくて、
こっちのは全員の墓石がオブジェみたいで
ちょっとしたテーマパークみたい。
不謹慎なことを言ってあれだけど。
こっちは土葬が多く、
亡骸は灰ではなく土の下にある。
上に植えられた眩しい原色の花々は、
人間の最後の仕事みたく咲き乱れて。
女の子が突然、「ちょっと」と言って、
日陰の薮のほうに入っていこうとする。
「なに?どしたの?」
「いや、ちょっと、おしっこ」
ちょっとテレて、女の子はそそくさ行ってしまった。
目のやりどこに困って、あっちを向く。
死体の上のアザヤカな花の色、目を刺す。
落ちたモノを拾って、
パクっと食べて笑う女の子が好きだったけど、
今度から、
墓で立ち(?)ションする女の子にしよう。
すてきやな、思った。
そんなことを素敵やな、て思う了見の狭い自分自身を
素敵やないな、思った。

ツバサ

log [ コラム ] — s_o @ 07. March, 2004

カヘでコーヒー飲んでると、
日本人の親子づれが入ってきた。
聞くでもなく会話がミミに入ってくる。
母国語、やっぱハヤ。
すぐに意味がアタマにはいってくる。
便利は便利だけど、ままめんドくさい。
小学生くらいの娘が、父親に熱弁をふるう。
たっきーあんどつばさがいかに
私の心をとらえてはなさないか。
「きのうなんてさ、
アルバム聴いたら夜ねむれなくなったんだから。」
たっきーあんどつばさって、なんやろう思いながら、
ねむれなくなる音楽について考えた。
そんな暴力、ふるってみたい。
戦後生まれの自分も、その女の子もきっと、
ウゾウムゾウに抑圧された変な無暴力ワールドの中で
「痛いの、なんとなくきらい」な戦後モンスターだ。
うそをつかないって素晴らしいけど、
うそつくってまた素敵なことだ。
暴力もおんなじ。
それはええけど、眠れなくなる音楽ってなんや。
たっきーあんどつばさ、おそるべし。
ハンス・レイチェルとか、
ハリー・パーチみたいな感じ?
娘、おそるべし。

ハナビ

log [ コラム ] — s_o @ 06. March, 2004

「先生あんな。」
日本でムカシ、家庭教師をしてた。
かけ算の4の段が大ッキラいな男の子だった。
その子はいっつも、なんやかやと話をみつけては
どうでもいい話をふってきた。
ドリルなんて、まっぴらだったのだ。
そしてそれは、近年まれに見る素敵なひとときだった。
「打ち上げ花火あるやろ。」
ん?
「あの、デッカイほうのやつやで。」
ああ今度、河川敷でやるよなぁ。
「あの打ち上げ花火、ぜんぶウンコやったらどうする?」

心の場外ホームランをかっ飛ばした彼のその台詞が、
今でも引き潮で打ちあげげられたクラゲみたく
ぺっちゃりと居座ってる。
30まえなのに、「うんこ」と聞くと
心ときめく。
ここからさき、一方的な文章を読むのが苦手な方は
控えてください。
現存人類何十億か分の1の物言いです。
ただ、この狭い了見の中以外で
このわやな判断保留の積み重ねの外側で
理想や現実をタカラかに謳うのを避けてみたいのでした。
芸術、きらいです。
いっぱい色んなヒトに反論されるけど。
そして自分も考え足りてないけど。
それでも声に出したいくらいキラい。
どんなインスタレーションより
どんなヴィジュアルアートより
夕陽はあかく、
どんなセオリーや思想やコンセプトや哲学より
自身のありきたりな死のほうがインパクトある。
近所のおばちゃんのウッカリ暴走に掻き消される芸術。
模倣が模倣にもなれないものが完全であるのが いや。
不完全や過程を盾にするのも、や。
んで、どちらかといえば
うんこを支持します。
かけ算ヤだっていう真実と、
それが生み出した素晴らしいキセキに。
必然を越えて。
相手を思いやる優しさとは、ベツものです。
一本の線が美しく見えるか見えへんかなんて、
それが芸術とかどうとか関係あれへん。
子供が書いた絵、イノセンスでサイコウ!とか
なんのこっちゃようわからん。
デザイナーをあざ笑う芸術家、
芸術家をバカにするデザイナー、
サラリーマンを哀れむヒッピー、
ホームレスに同情するサラリーマン。

たかくうちあがれ。
うんこうんこ。

コリん

log [ コラム ] — s_o @ 05. March, 2004

Ringo 5-ko Misete-kudasai.
(リンゴ5コみせてください)
グラフィックデザイナーで
ソロライブの映像を作ってくれたユリアが、
最近、日本語を習いに行ってるらしい。
なんかしゃべってよ、ッて言ったら、
彼女は満を持して上のセンテンス。
なんかすっごい回り道してるような気がするけど。
あるいは
人生って回り道なことを 教えてくれてる学校なのだろうか。
さすがドイツ人。
Saikin-sa , kika-nakutemo kaeru-yo , Ringo.

クマく

log [ コラム ] — s_o @ 04. March, 2004

クマになる夢をみた。
ハチミツどこ? ゆうてました。
何がショックって
深層心理レベルで クマといえばハチミツという、
その短絡的かつ暴力じみた発想に。
心のどこかで、
山奥でクマに襲われたとき
そのクマにプーさんみたく情状の余地ありと
認識するのであろうと思われます。
そしてサクッと食われて、
「あれ」とか「あそっか」とか思うのでしょう。
もっと、こう
クマといえば シャケです。
ザバっと、ワイルドに。
ツボに手つっこんで、抜けなくなってる場合じゃありません。

孤トば

log [ コラム ] — s_o @ 03. March, 2004

台湾のアーティスト Lee Tzu hsunと打ち合わせ。
ヴィエンナーレにも招待された彼は恐縮するくらい親切で、
いっつも自分のアトリエで食事を振る舞ってくれる。
今回は、新作品の音の制作依頼。
熱っぽく作品について語る彼からは、
「ほかのもの」の匂いがしない。
話題が白熱するにつれ、
特有の訛りをもつドイツ語はいっそう
聞き取りづらくなる。
— 今のん、わからんよ。
すると、カミにスラスラっと漢字を書いた。
「可能性」
日本でいうところのそれと、意味がかっちり
アイデンティファイできるんかどうかしらんけど、
とにかくその言葉の意味が頭の中に
染み込んできて、その後いろんな話題に
名前をつけてしまいそうになった。
人と共有するのって、奇跡だ。
勘違いと勘違いが
たまたまおんなじとこにおった、という奇跡。

 『もっとも言葉とは、コミュニケイションの機能を失えば
  すでに言葉でないにもかかわらず、
  じつはいかなる言葉も、
  孤絶したその人間ひとりのものなのだ。』
  - 大江健三郎 「壊れものとしての人間」

言葉という、基本的な矛盾。

ブルオ

log [ コラム ] — s_o @ 02. March, 2004

ドイツの冬は
幾重にも折り重なった夜みたいに分厚い雲が空を覆っていて、
病む人々が多発する。
で、医者は日焼けサロンの処方箋を出す。
日サロでええんや。人間の体て、コンフォータブル。
島尾敏雄いうところの「うそさむい」ではなくて、
ドイツのは、なんていうか。
「ほんとさむい」。 そのままや。
脳みその裏側(眼球の奥あたり)にチっちゃいおっさんが
住んでいて、
「さむい?さむい?」とウカがい語りかけてくるのに、
「うん」「うんさむい」と
いちいち返事をしなきゃならない種類の寒さ。
ちっちゃいおっさんは、いっつも投げっぱなしで
こっちの答えなんか、とくに興味もないのだ。
街は今日もあたたかく肥えている。
こっちの答えなんか、とくに興味もない。
質問にも、あんまり意味はない。

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